少年は考え事にふけっていた。

誰が、今の状況を予想できたであろうか。一年前の彼でも予測できなかったであろう。

気が弱く、心優しかった彼が、悪の組織に在籍している今を。


美しい白銀の髪を彼はかきむしった。

彼の名前は小日向 由樹(こひなた よしき)。年齢は十五歳、身長は160cmほど。

瞳はブルーと言うより紺に近く、光に照らされ輝いている。

遠くから見たら、女性と間違えてしまいそうだ。華奢な体もよけいに紛らわしい。


「由樹、出番ですよ」

女性が彼に声をかける。元気の無い声で、由樹ははい、と答えた。

溜息をつき、バックを肩に担いで、彼は立ち上がる。


「では、行きましょうか」

表情も変えずに彼女は言った。まるで機械音声のような心のこもっていない声である。

そして静かに歩き始める。由樹も彼女について行った。


「あの・・・今回の仕事はどのような事なんでしょうか?」由樹が歩きながら尋ねる。

「今回は、この人のポケモンを奪ってきてください」

彼女はそう言うと、おもむろに写真を取り出し、由樹に見せた。


「ターゲット1308 アカシア・ラナンキュラス。ルピナスシティのジムリーダーですね」

「またジムリーダーですか!?時間かかるんだよな・・・」

コホン、と咳払いすると、彼女は話を続けた。

「この人のハピナスを奪ってきてください。報酬は二億八千万です」

わかりました、と返事をするなり、由樹はモンスターボールを投げた。

すると中からペリッパーが飛び出し、元気に鳴き声をあげた。

「白蓮、運んでくれるか?」

こくり、とペリッパーはうなずき、由樹の手をつかみ、空の彼方へと消えていった。


すさまじいほどのスピードでペリッパーは上空を駆け、あっという間にルピナスシティに着いてしまった。

広場に着くとペリッパーは彼を下ろし、羽の動きを止め、その場にぺたりと座り込んだ。

由樹はありがとう、とペリッパーの頭を撫で、モンスターボールの中に収めた。


ルピナスシティは華やかな町・・・だが、今は深夜。驚くほどの静けさである。

暗く静寂した町に、由樹の足音だけが響き渡る。

いとも簡単に由樹はジムの場所を見つけ、扉を開けた。


深夜という事もあり、中には人の姿は無かった。

しかし鍵を掛けてなかったということは、奥に誰か居るという事だ。

由樹は足音を消し、奥へと急いだ。


一本道を進んでいくと、明らかに異質なドアがあった。

中世ヨーロッパの城の門のようなデザインだ。暗い室内で窓から漏れた月の光に照らされている。

彼は、恐る恐るドアを開けた。


部屋の中は、まるで城の庭園のようだった。

真ん中には噴水、その周りには石畳の広場、外側には薔薇庭園が広がっている。


「何だここは・・・・?」と由樹は呟く。無理もないだろう。廊下とはまるで雰囲気が違う。

明らかにここが最奥だと窺わせてしまう。


「どなたでしょうか?」と声がする。由樹は舌打ちをする。できればバトルすることなく事を済ませたかったのだ。

声の主は少女だった。写真で見たアカシア・アナンキュラスだと一目でわかる。

珍しい紫の髪の毛にピンクの瞳、さらにドレス姿。こんな人物、世界中を探してもそうそういない。


「ジムの挑戦者です」と由樹は嘘をつく。するとアカシアはこくりとうなずき、モンスターボールを身構えた。


「あ!ちょっとまってください」

「何です?」

「僕が勝ったら、貴方のハピナスをいただけませんか?」

ケロッとした表情で、あっさりと由樹は言う。


「構いませんわ」

とアカシアは表情一つ変えずにうなずく。バトルに絶対の自信があるのだろう。


「ありがとうございます!」

「あら、もう貰った気になっているのかしら?」

クスクスと皮肉たっぷりにアカシアは笑う。そして、モンスターボールを改めて構えた。

由樹も慌てて構える。それは、バトル開始の合図だった。

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